2012年7月29日日曜日

Götterdämmerung 2012/07/15 at Bayerische Staatsoper


7月13日 神々の黄昏 バイエルン国立歌劇場

第一幕:ギービヒ家はファッション産業のコングロマリット?

ケント・ナガノが普通に現れて、拍手、幕が開く。

舞台の中央には、木の板が何本も塀のように上下に立っており、その左右と上を取り囲むようにに複数のビデオ画面が置かれ、最近のニュース映像を流している。
津波のビデオがあったが、流されている車の形からして日本車と判る。東北大震災の津波のニュース映像だろう。

舞台の真ん中、ビデオ画面に囲まれたスペースの木の板の前にトランクを抱えた困窮した人達が現れた。亡命者?被災者?
神々の黄昏の冒頭のあの悲しい和音に合わせて、彼らが口を大きく叫ぶかのように開ける。和音が彼らの叫びに聴こえる演出だ。
彼らを機械を使ってチェックしていく係官のような人達が、彼らが希望を託していた(と見える)紙片を捨てさせて回って行く。

彼らの後ろの木の板をよく見ると、その背後にいる人間の手が見える。
亡命すらできない人?この木の塀の内側にさえ入れてもらえない被災者?
と思ったが、大間違い。人間が舞台装置である板を手で持って動かし、舞台展開する仕組みという訳で、深い意味は全くありませんでした。

さて、 ジークフリートとブリュンヒルが登場。ジークフリートの体にはルーネ文字が。ブリュンヒルデは筆を持っている。ジークフリートが寝ている間に書いたという設定だろう。

ジークフリートのラインの旅の場面では、ラインの川の流れを、人間舞台装置が、この場合は、青い上着を後ろから前に跳ね上げ、下を向いて一塊になることで表現していた。船の下に何人も集まって、下向き垂れた上着をゆらゆらさせると、川の流れに見えるんですね。

ジークフリートのラインの旅の最後は、違う世界に突入するような効果の映像で締めくくられた。その映像は、その中心から光が広がって行くことで、見ている人間が速いスピードで飛んで行くような感覚を与えるものであるが、そのビデオでしつこい位に使われていたのが、Gewinnの文字だ。「利益」「利益」「利益」、、、、ジークフリートは資本主義の世界に突入したのだろう。途中では、洒落たファッションストアのウインドウの画像も使われていた。

ギービヒ家の屋敷は、2階以上は、透明な壁のオフィスビルで、中には従業員らしきビジネスマンがパソコンの前に座って仕事したり、書類を持って歩いていたりする。彼らは、活き活きしたところが無く、時には、ロボットのように見える。

1階は、ギービヒ家の居間のようだは、グンターは一見、上品で知的な紳士に見える。体型もスマートで、その着こなしは、ファッション雑誌からスーツのモデルが抜け出したように見える。
しかし、その実は、若く美しいお手伝いさんを弄んでいるような、金持ちの放蕩息子だ。
彼女達を、自分の座るソファの前で四つん這いにさせてみたり、ホームバーでは後ろから押し倒してみたり、床に足を広げて座らせたそのスカートの奥を、パターゴルフの的にしたりとやりたい放題。

グートルーネも甘やかされて育ったわがまま放題の嬢さんという設定。例えば、LUST「欲望」と窓に大きな落書きをする。それを、お手伝いさん達が消していくのだ。

こんな中にジークフリートが登場するのだが、グートルーネは彼に薬酒を飲ませた後で、舞台の左手の甲冑の置物をどかしスーツが何着も掛かったキャスター付きのハンガーを舞台に引っ張ってきて、ジークフリートにサイズが合う三つ揃いのスーツを選んで、彼に着せてしまう。

ギービヒ家は、ファッション産業のコングロマリット?と書いたが、ジークフリートの旅の映像にファッションストアのウインドウが使われており、グンターは隆とした服装で、ギービヒ家ではいろいろなサイズのスーツが出てくるといったあたりからの想像である。

グートルーネは、ユーロ通貨のマーク「€」の形の乗り物?に載って登場、ここらへんも資本主義への冷めた見方の表現だろうか?

 第3場のヴァルトラウテは、しきりに足を掻いているのはなぜだろうか?
ヴァルトラウテは時にユーモラスな(剽軽な?)表情をみせる
これに対して、ブリュンヒルデは金髪と彫りの深い顔立ち、白いロングドレスと、ハリウッド女優を思わせるイメージでかっこ良く決まっていました。

第二幕:金色の€マークのテーブルは如何?


 グンターと比べるとまじめなサラリーマンに見えていたハーゲンであるが、実は、義兄グンターと同じように、若いお手伝いさんとお楽しみ?のよう。第2幕の冒頭では、ソファーで一緒に寝ていた彼女たちに、お金を払って出ていかせる。
アルベリヒが現れるが、今回の配役では、どう見てもハーゲンの方が親父さんに見えてしまう。アルベリヒは、去り際にホームバーのお酒や葉巻をポケットに突っ込んで舞台右手に消えるあたりは、今回の演出に見られるユーモラスな味付け。

ブリュンヒルデが連れてこられるときには、衣装は花嫁姿ではあるが、目の部分だけ穴をあけたスーパーマーケットの紙袋を頭に被せられており、非常に残酷なイメージで、ギョッとさせられた。
ギービヒ家の家臣達は携帯電話を持って登場、ハーゲンが話をしているときも携帯電話を操作しているし(メモってるのか?)、ブリュンヒルデが顔を見せれば、携帯電話で写真を撮りだす。

結婚式用に、あらたに大きなテーブルが持ち込まれるが、そのテーブルの形はユーロ通貨マーク「€」である。
グートルーネは、ユーロ通貨の形をした乗り物でご満悦
周りを取り囲むのはギービヒ家の家臣(社員?)


第三幕:大トリはグートルーネ


第一場の狩りの場面は、ギービヒ家の舞台セットをそのまま使っていた。
式場に持ち込まれた大きなテーブルもそのま残っており、資本主義のシンボル?のユーロ通貨マーク「€」の上で、ジークフリートはグンターに刺し殺される。

すると、グートルーネは、亡きジークフリートに自分のウエディングドレスの引き裾?を掛けて彼の死を悼み、倒れたグンターを後ろから抱きかかえて、大泣きに泣く
これまでの好き放題の勝手気ままのお嬢様のイメージは無い。人の死を悼み、亡骸に布を掛ける神経の細やかな人間がそこにいる。

ブリュンヒルデは舞台奥に姿を消し、ものすごい炎が奥から上がる。ギービヒ家の家臣達は逃げ惑うが、グートルーネの大泣きは止まらない。
やがて、舞台は彼女だけになる。すると、炎に包まれている舞台奥から、白い衣装の一団が現れて、彼女を守るかのように取り囲む。彼らは、今まさに燃え尽きて滅びていく旧世界から来たとは見えない。未来からの使者では?

このグートルーネを最後まで舞台に残し、「救われるもの」として描いた演出家の意図ですが私はこのように解釈しました。
甘やかされて育ち、自己中心的な、自分の欲望を充足することしか考えていなかったお嬢さんが、ジークフリートとグンターの死を経験し、近親者の死という痛みを乗り越えることで、人生の重みを理解できる人間に成長し、新しい世界で生き延びるというメッセージであると。

演出家は、グートルーネを、高度な資本主義の下で、表面的な欲望の充足が人生の目的になりがちな現代人の象徴として描き、神々の黄昏を、現代人への警鐘として描きたかったのでは?

もしそうであるなら、ワーグナーが、その当時に、資本主義経済や金融資本に抱いていた危惧と繋がる考え方かも知れません。


燃え上がる炎の前で歌うブリュンヒルデ



終演後:ケント・ナガノと鉢合わせ(?)


今夜の公演は、歌劇場前の広場でのライブ・ビューイングと全世界へのネット配信がされました。劇場内には、後ろ中央に3台、前方の左右に1台ずつ、ハイビジョンカメラが入っていました。(ちなみに、全てキャノン製でした)

終演後、正面の出入口に向かうと、大きな歓声が上がりました。何事か?と思って小走りに進むとケント・ナガノさんが外から歌劇場に入ってくるところではないですか。
彼が歌劇場前のライブ・ビューイングの観客に挨拶して、歌劇場に帰ってきたところだったんですね。
歌劇場を出ようとする私とちょうどすれ違うような格好になりました。すれ違い様に、握手が出来ればと思い手を伸ばしたんですが、急ぎ足の彼とタイミングが合わず、残念!と思った瞬間、私に気がついた彼が、少し後ずさりして、戻ってきて握手をしてくれました。気遣いありがとう!



Wagner, Götterdämmerung. Bayerische Staatsoper Ring-Zyklus B
Musikalische Leitung : Kent Nagano
Inszenierung : Andreas Kriegenburg
Bühne : Harald B. Thor
Kostüme : Andrea Schraad
Licht : Stefan Bolliger
Choreographie : Zenta Haerter
Dramaturgie : Marion Tiedtke
Olaf : A. Schmitt.
Chor : Sören Eckhoff

Siegfried : Stephen Gould
Gunther : Iain Paterson
Hagen : Eric Halfvarson
Alberich : Wolfgang Koch
Brünnhilde : Nina Stemme
Gutrune : Anna Gabler
Waltraute : Michaela Schuster
Woglinde : Eri Nakamura
Wellgunde : Angela Brower
Floßhilde : Okka von der Damerau
2. Norn : Jamie Barton
1. Norn : Jill Grove
3. Norn : Irmgard Vilsmaier

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